なぜか1人分の洗濯物を干し終え、2人分の食事を作るべきかを考える。
・・・・・・まァ、作ったところで、無駄になるのはわかってるんだけど。
それでも、いざ必要になったとき、「ありません」じゃ可哀相だし。やっぱり、すぐに「はい、どうぞ」と出せるようにしておきたい。それに、「いつも作って待ってるのよ?」なんて嫌味の1つも言えるというもの。

・・・・・・と思いつつ、そんなこと、絶対に言わないんだけどね。あの人が無事に帰って来てくれたら、それだけで私は嬉しくて・・・・・・逆に、お礼の言葉を述べてしまうかも知れない。
私がこんな風だから、あの人はああなってしまうんだろう。

本当、自分の娘が成長したら・・・・・・って、その前に、私とあの人との間に子供が産まれるとは思えないけど。とにかく、近所の女の子たちにでも話す機会があれば言ってあげたい。
好きだからって、何でも許してちゃダメ。少しぐらい、貴女もワガママを言ったっていいのよ?とか。そうじゃないと、結婚してから困るから、ってね。

私も、あの人の行動や思想に惹かれて・・・・・・。彼が自由に全国を飛び回る姿を見るのが好きだった。だから、何も文句は言わなかった。後々、自分が寂しい思いをすると、わかっていたはずなのに。
いや、本当はわかっていなかったのかも。どこかで、自分も連れて行ってもらえるものだと思っていたのかも知れない。・・・・・・せめて、それを言えれば良かったんだけど、結局私はこうして1人、“彼が帰って来るかも知れない家”を守っている。

それに比べて・・・・・・。彼は何人かの仲間と共に、己の道を歩んでいる。しかも、中には女性の仲間もいるらしい。・・・・・・もしかしたら、夜の相手もしてもらっているかもね。戦ばかりじゃ、つまらないだろうから。
だったら、私も多少の男遊びぐらいしようかしら?と考えてみても、彼の顔を浮かべて、それはできないと思い直す。だって・・・・・・。きっと、彼もそんなことはしていないだろうから。

あの人は女よりも、戦の中にいる方が好きそうだった。
私は特別だと抱き締めてくれたときも、私を妻として迎えたいと言ってくれたときも、全く以って信じられなかったぐらいだ。
そんな人が、わざわざ他の女に手を出すとは思えない。・・・・・・私から気持ちが離れていなければ、の話ではあるけど。

少なくとも、私は。そんな旦那でも、彼の帰宅以上に嬉しいものはないし、今でも愛は薄れていない。だから、やっぱり男遊びなんてするわけもなく、ただひたすらに彼の帰りを待っている。

そして、今日もいつも通り、2人分の食事を準備しているときだった。
ガラガラと玄関の戸が開く音がした。

そうなんじゃないかと思いながらも、そんなわけはないと期待する自分を抑えた。
でも、赤の他人が無断で上がり込んで来るとも考えにくい。
私は慌てて準備を中断し、すぐに向かった。



「しん・・・・・・!」

「失礼するでござる。」

「・・・・・・・・・・・・万斉さん・・・・・・。」

「急いでいたので、勝手に入らせてもらった。」



そこには、待ち望んでいた人ではなく、その仲間の1人である万斉さんが立っていた。
少し残念に思いながらも、彼と接点のある人だ。嬉しくないわけはない。
そう思って、私は笑顔で話を続ける。



「お気になさらないでください。万斉さんなら、いつでも歓迎です。そうだ!もうすぐご飯の準備ができますから、ご一緒しませんか?」

「いや・・・・・・時間が無いのでござる。」

「そう、ですか・・・・・・。それは残念です・・・・・・。ところで、そんなにお急ぎで、どうかされたんですか?」

「晋助からこれを預かったのでござる。」

「晋助から?!!晋助・・・・・・いえ、主人は今どこに??」

「全てはそこに書いてあると言っていた。・・・・・・では、失礼した。」

「あ!!ちょっと待ってください・・・!!」



しかし、万斉さんはまたガラガラと戸を開けると、すぐに戸を閉め、さっさと立ち去ってしまった。
残されたのは・・・・・・私の手にある封筒のようなもの。
仕方なくそれを持って、部屋の中へと戻った。そして、床に座り込み、その封を切る。当然、そこからは便箋が出てきて・・・・・・。紛れもなく、彼の字で「へ」と書かれていた。

思い返せば、晋助から手紙をもらったことなど、ほとんど無い。だからこそ、嬉しく思う気持ちと、普段は連絡も寄越さない男よね、と呆れる気持ちの両方が出てきた。でも、やっぱり、前者の方が大きくて・・・・・・昂る気持ちを抑え、ゆっくりと手紙を開いた。
だけど・・・・・・。普段は連絡をしない人が手紙を書く。しかも、それを万斉さんは急いで届けてくれた。便りの無いのはよい便り、とも言うぐらいだから・・・・・・と不安な気持ちも抱きながら、彼の字を追った。





、元気にしているか?お前にこんな物を書くなど、あまり無いからな。何をどう書いていいものか、少し悩みながら筆を動かしているところだ。だが、俺には考える時間が無い。読みづらいところもあるかも知れないが、俺がお前に伝えたいことを書き連ねていく。できれば、最後まで目を通して欲しい。

早速だが。お前がこれを読んでいる頃、俺はもう生きてはいないだろう。明日が最期の戦いになりそうだからな。それで、こうして、お前に文を書いている。こんなときしか連絡を寄越さない奴だ、とお前は呆れているだろう。お前の言う通りだ。俺も反省している。夫らしいことを何もしてやれなかったと悔いている。だが、俺にはやるべきことがあった。そういう意味では、何も後悔はしていない。
それでも、もう少しお前と過ごす時間も作るべきではあった。と言うよりも、俺自身がお前と共にいたかった。随分、勝手な話ではあるがな。一時はお前を隊に引き入れようかと考えたこともあったが、それだけはできなかった。お前を危険な目には遭わせたくなかったからな。そんなことを言っても、お前は巻き込まれても構わないと返しそうだが、戦いの中でお前だけは失いたくなかったのだ。現に俺は今、命の危険に晒されている。ここにお前を連れて来なかったことは、お前にしてやれた唯一のことかも知れないな。

まだ書くべきことはあるだろうし、俺も書き足りない気持ちではある。が、この文を持たせる万斉をそろそろ逃がさなくてはならない。奴に死なれては、これをお前に届けることができないからな。
では、名残惜しいが、もう筆を置くことにする。最後に、これだけは書かせて欲しい。

これを届けることができたということは、お前はいつもそこで待っていてくれたということだろう。それは俺にとって、とてもありがたかった。お前には感謝してもし尽くせないな。このつまらぬ世の中で、あの人と、そしてお前に出逢えたことは、俺にとって大きな意味を持った出来事だった。
そんなお前の幸せを、俺はいつまでも願っている。

、愛している。

   高杉 晋助』





私は紙が濡れないよう、慎重に折り直し、丁寧に封筒の中へ戻した。手が震え、視界が翳んでいたけれど、どうにか、それに成功した。

・・・・・・・・・・・・本当に、馬鹿な人・・・・・・。私のこと、わかっているようで、全然わかっていないんだから・・・・・・。

巻き込まれても構わないと言い返す、とわかっていたのなら、どうして連れて行ってくれなかったの?私だって、戦いで貴方を失いたくないのは同じなのに・・・・・・。
それなのに、私を連れて行かなかったことが私に唯一してやれたこと??馬鹿言わないで。そんなことで、私は感謝しないわ。・・・・・・それに唯一であるわけがない。私だって、たくさん感謝してる。それこそ、言い尽くせない。
そんな私の幸せを願っている、なんて言うけれど、私は貴方といることが1番の幸せだった。今更、それに勝る幸せなんて見つからないよ・・・・・・!
私だって・・・・・・愛してる。ずっと、ずっと愛してる。最後にそれを伝えることも叶わなかった私は・・・・・・。

結局今日は、1人分の食事すら、必要にならなかった。













 

実は、去年の冬ごろに完成していたのですが、諸事情もありまして、今更ながらアップいたしました。・・・まぁ、作風がアレなだけに・・・ね(苦笑)。しかも、書き慣れてないキャラだし・・・(滝汗)。
それにも拘らず、ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございます!!

ちなみに、これは実在した高杉晋作さんのお話を聞いて書こうと思ったものです。高杉晋作氏は奥様がいらっしゃったそうなのに、全然家に帰らなかったらしい。なおかつ、愛人がいたとか。ただ、奥様と愛人も親しかったみたいで、高杉晋作氏の死後も協力したとかどうとか・・・。
あまり詳しくはないんですけど、それを寂しく捉えて、私流にアレンジ・・・つまりは捏造してみました★(←)

('10/07/06)